『STUDIO VOICE』2009年5月号に、以下の記事が掲載されました。
スティーヴ・パクストン+リサ・ネルソン『Night Stand』
――コンタクト・インプロヴィゼーション、あるいはマルチチュードの動き
武藤大祐
20世紀に入って爆発的に発展したとされるダンスの歴史の中でも、本当に「革命」的な仕事をした人となると、かなり絞られる。しかしスティーヴ・パクストンほど「革命」という言葉が相応しい存在も他にないように思う。
誰でも簡単に味わえるので、試してみてほしい。まずそばにいる人を誰か適当につかまえ、向かい合って立つ。片手の人差し指の腹を、相手の人差し指とピタッと合わせ、その指を離さないようにしたまま自由に動き回る。当然、相手はそれに合わせて動かざるをえない。さらに相手にも自由に動いてもらう。すると主従関係がたえずスイッチし続けることになるわけだが、やがて、自分が動いているのか、相手に動かされているのか、はっきりしない瞬間がチラホラ現れてくる。自分と他人の境界が薄れ、うまくいけば、二人のどちらのものでもないような非人称的な力の流れが脈打つのを感じることだろう。
これを「コンタクト・インプロヴィゼーション」(接触を通じた即興、以下CI)という。1970年代前半、合気道や太極拳などにヒントを得て、パクストンが考案した。もちろん人差し指というのは簡単な例で、むしろ互いの接点をどんどん変化させていけば全身を使ったアクロバティックな駆け引きが楽しめるし、人数を増やせば一層複雑になる。今や世界中で「ジャム・セッション」が行われ、ダンスの振付においても様々に応用される。
新しい動きを考える振付家なら無数にいるが、パクストンは動きの「原理」自体を作り出してしまったのであり、原理とはすでに一個の思想でもある。CIは、体の動きを個人の意図や統御、いいかえれば純粋な「主体性」なるものの神話から解放し、複数の身体の相互作用の中から生成される動き――すなわち「私」の動きではなく「私たち」(マルチチュード)の動き――を、可能にしたのだから。
元をたどれば、60年代のNYで生まれた実験的ダンス集団「ジャドソン・ダンス・シアター」に端を発する。身体運動のあらゆる可能性を、因習に捉われずラディカルに問い直したこの集団で、パクストンは「日常動作」「重力」「動きの動機」などといった、ダンスの基礎となる諸要素に関心を集中させ、研究を始めたのだった。CIはその延長上に導き出された成果であり、したがって、一連の長い過程の一部に過ぎないともいえる。
ではまさに今、われわれが立ち会おうとしているパクストンの現在形とは?CI以降、彼は身体と動きと意識のメカニズムを取り出す作業をますます精緻に積み重ねている。昨年発表されたDVD-ROM『背骨のためのマテリアル』は、人体の動きの構造を、骨格を軸に据えて多角的かつミクロに探査し、テクニックとして体系化したもの。パクストンは、背骨=背面こそ、最も目で捉え難い身体の「闇」の部分であると同時に、動きの感覚という「神秘」の核心でもあると語る。
今回は東京でたった一度、デュオ作品『Night Stand』が上演されるが、文字通り暗い「闇」の中での即興だという。いまだ人間にとって広大な未知の空間であり続ける身体の「闇」が、動きという「神秘」の光で照らし出されるのだろうか。実に34年ぶりの来日、万全の態勢で受け止めたい。
注.
『STUDIO VOICE』2009年5月号(INFASパブリケーションズ)より転載

